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Delighted Life

内藤新宿太宗寺の閻魔さまと奪衣婆

2018/12/31 03:07 旅行・お出かけ 趣味

新宿二丁目にある太宗寺。

おや、あの新宿二丁目?

新宿御苑駅から向かったので全くゲイの街とはリンクしないままの訪問。

平日の昼間、静かな境内をのんびり参拝して参りました。


境内見取り図



本堂

ご本尊の阿弥陀如来を祀った本堂はなかなか近代的な建物です。

太宗寺は、慶長元年(1596)頃、太宗という僧呂が建てた草庵「太宗庵」が前身。

近在の住民の信仰を集めた太宗は、現在の新宿御苑一帯に下屋敷を構えていた内藤家の信望も得て五代当主の葬儀一切を取り仕切り墓所を置いたのが現在の太宗寺。

以来、内藤家の菩提寺となっています。


銅造地蔵菩薩坐像

深川の地蔵坊正元が発願した「江戸六地蔵」の3番目として正徳2年(1712)に造立した銅像。

像内には小型の銅造地蔵6体等が奉納されていました。

「江戸六地蔵」があるのは品川寺、東禅寺、真性寺、霊巌寺、永代寺(地蔵は現存しない)、太宗寺。


閻魔堂

閻魔堂には閻魔像と奪衣婆像が安置されています。


閻魔像

文化11年(1814)安置、制作もその頃と推定。

木造で、現在のは関東大震災で大破したものを造り直したもの。

江戸時代より「内藤新宿のお閻魔さん」として庶民の信仰を集めたそうだ。


奪衣婆像

明治3年(1870)制作の木造と伝えられています。

奪衣婆は、閻魔大王に仕え、三途の川を渡る亡者から衣服を剥ぎ取り罪の軽減を計るとされています。

像の右手には剥ぎ取った衣が握られています。

衣は剥ぐところから妓楼の商売神として信仰されました。


不動堂

三日月不動像と布袋尊像が安置されている不動堂。


三日月不動像は、江戸時代の作。

高尾山薬王院に奉納するため甲州街道を運搬中、休息に立ち寄った太宗寺境内で盤石のごとく動かなくなったため、不動堂を建立し安置したと伝えられています。

新宿山の手七福神のひとつ、布袋尊像は昭和初期に創設されたもの。


塩かけ地蔵

造立や由緒は不明の塩かけ地蔵。

台ケ原宿にある荒尾神社の味噌なで地蔵は病のところに味噌を塗って願かけしましたが、こちらは願かけの返礼に塩をかけるという珍しい風習のお地蔵様。


稲荷社


切支丹灯籠

昭和27年(1952)内藤家墓所から、江戸時代中期のものと推定される灯籠の脚の部分が出土しました。

他の部分が補われ、現在は復元されています。

切支丹灯籠は、江戸時代に幕府のキリスト教弾圧策に対して隠れキリシタンが密かに礼拝したとされ、全体の形状は十字架を、脚の部分はマリア像を象徴しておりマリア観音とも呼ばれています。


御朱印

御朱印は4種類いただく事が出来ました。

書いていただいた順番にご紹介しますね。


ご本尊様の阿弥陀如来。


江戸六地蔵。


閻魔王の御朱印。


布袋尊の御朱印。


内藤正勝の墓(内藤家墓所)

信州高遠の藩主をつとめた譜代大名内藤家の墓所。

中央が五代正勝、右側が十三代頼直、左側が内藤家累代の墓塔。

正勝は寛永6年、左右は明治時代造立。

太宗寺は寛永6年(1628)に正勝が葬られ、六代重頼が寺地を寄進し起立したものだが、正徳4年(1714)七代清枚が葬られて以後は歴代の墓所とし、一族も葬られた。


詳細

太宗寺

東京都新宿区新宿2-9-2

TEL : 03-3356-7731

備考 : 新宿山ノ手七福神(布袋尊)、高遠藩内藤氏の菩提寺

アクセス : 都営地下鉄新宿線 新宿三丁目駅から徒歩4分


山号 :霞関山

寺号 :太宗寺

院号 :本覚院

宗派 :浄土宗

本尊 :阿弥陀如来

開基 :太宗

創建 :寛文8年(1668年)

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